素振り日記

言語化能力を培う素振りのための日記

目を見て話せ

今週のお題「苦手だったもの」

最近苦手を脱出しつつあるのは相手の目を見て話すこと

失明により左目を白内障のように白濁していた自分は以前より相手の目を見て話すことが苦手でした。

初対面の人と会話する際に10人に1人の割合で表情をこわばらせる人がいます。その表情は1秒も持たず消えますが、こればかりは制御不可能なんでしょう。

例外で十数年前にコンビニバイトで接客したときには会計中ずっと変なものを見るような表情をし続けたお客さんがいました。後にも前にもここまで露骨だった人はこの人ぐらいでした。

この人の様子を今でも思い出せることから、自分でもそれだけショックを受けたことなんでしょう。相手の目を見る、ということを考えるとこの人の表情がまず現れ、それがブレーキとなり見れなくなっていたのかもしれません。

これが脱出しつつある、というのは、今年になり左目を義眼にしたことで見た目上は健常者と変わらない状態になったからです。初対面では絶対にわからないんじゃないでしょうか。

眼球の動きはどうしても元通りにはならないので目を動かすと違和感が生じます。友人に見てもらった時に左右の眼球の動きに関しては違和感がほぼほぼないですが、上下方向に動かすと明らかに異なるとのこと。

逆に言えば動かなければわからない。そういうお墨付きをいただけたので自信をもって相手の目を見れるようになってきたわけです。

でも道で人とすれ違う時には相手の顔すら見ることができないんだよな、これができないせいで知り合いとすれ違ってたときにシカトしていたかもしれない。こういったところから疎遠になってしまうようになるんですかね。直したい

『特別展 跳躍する作り手たち』@京都市京セラ美術館 言語化能力が低い感想

行ってきた。感想書きます。いつも通り言語化能力が低いです。

kyotocity-kyocera.museum

 

概要と解説は以下の美術手帖のWeb記事が詳しい

bijutsutecho.com

 

美術展の概要(公式HPから引用)

地球環境への意識の高まりやテクノロジーの進化など、人間社会のあり⽅が⼤きく変化する現代は、新たな視点が求められる時代だからこそ、人間こそがなしうることの重要性が改めて問い直されています。

(中略)

本展では、過去と未来、自然と人⼯、情報環境と実社会といったさまざまな関係性を軽やかにつないで再解釈する彼らの作品や活動から、世界が直⾯する激動の時代に求められる「創造へ向かう跳躍するエネルギー」が鮮やかに浮かび上がることでしょう。

「テクノロジー」「想像」「創造」の単語に興味センサーが引っかかって観ることに決めました。概要を見返しても正直よくわからないが、作り手自身がとらえる世界の変化を作品に落とし込んだものが観れる企画展と解釈しました。

 

にしても「創造へ向かう跳躍するエネルギー」とはなんだろう。

「(作り手が)創作へ向かう(=創作したいと思う)、跳躍する(???)エネルギー(意欲)」

概要と繋げて考えるとつまり、変化が激しい世界において人間が変化の中で求められる事項を示したいという創作意欲のこと?

この展示会は「跳躍」がメインテーマなんだろうけど、ここをハッキリ理解できなかったゆえ自分は今回の展示会を十分に理解できたとは言えないように思います。

 

 

本展示会においては写真撮影・Webサイトへのアップロード可とのことだったので参考に撮影した写真を掲載する。

 

TAKT PROJECT:glow⇆grow: globe

 

球体には光で硬化する液体樹脂が流し込まれている。(おそらく)ランダムに光量を変化させるLEDにより鍾乳石のように硬化される。その形状は作家も我々も制御しようがない

 

出来上がる形状が制御ができないありさまは、液体=自然、光=科学技術ととらえると、科学技術により自然が結果に至るかは人間により制御ができないことを暗に示しているように思えました。

 

見方を変えてひとつのLEDのユニット(遠目で見ると丸型になっているもの)がひとつの都市と考えたらどうでしょう。下の細長く伸びて行っているものは摩天楼に見えてくる。時を経るにつれ、少しずつ少しずつ高さを伸ばしていきます。

 

この球はもともとこのような棘のない球体だったはずです。それが人間の営み、すなわち人類の科学技術の進歩によっていびつな形になっていく。この球体は最終的にどのような形になるんでしょうか。それはもはや球とは言えないように思えます。

 

長谷川  絢:君牴牾

竹本来の姿をバラバラにして編むことは、考えることと一緒。この説明に少し発見がありました。織物は物質を糸という形式まで分解して、それを組み合わせてまったく別の姿にしていく。

 

考察の過程も同じようなものかもしれないです。人間の外部にある事象は、人間の五感を通じて事実という一つの形に分解される。人間は、その認識をひとつづつ事実を積み重ねていく。積み重ね方は人それぞれ。最終的にどのような形になるのか人によって異なる。

 

それぞれの作品はあえて人と同じサイズにしているそうです。また、死と生というテーマも含ませているようです。

作者の意図は説明のボードに記載されていたかと思いますが、これらの意図をもとに勝手に自身の解釈を行うと、これはある人の人生とそれを再構築したものに思えます。

素材はその人の人生そのもの。人は死に、他者にとっての記憶という単位に分解されます。それを編み込むのは他の人間です。

記憶によってもその人すべてを再構築することはできません。なぜなら一度分解された素材、作品においては糸を紡いでも、姿は似せることはできはしても元の竹そのものを再構築できないからです。

写真にある一つの造形は、他者がその人に関する記憶で編み込んで作り上げた元の姿なのかもしれません。その緩やかに曲線を描く形状は、紡いだ人の記憶に基づく故人の人生を表しているように思えました。

 

岩崎貴宏:Out of Discover

額縁に入ったモノクロ写真のような造形が複数並べられている。各造形を近くで見ると木々は綿棒、地層はモップやタオルでできている。その自然の中に細い糸で電線や送電塔、電車の送電線が作られている。作品の前で移動しながら見るとそれらが遠近感をもって動いており、その風景を立体的に見ることができる。

 

これは立体感を楽しめた作品。自然を日用品で作り上げるという発想が到底自分に思いつかない発想で感服しました。しかもモノクロ写真のような風景がカッコイイ。

 

遠目で見るとどことなく郷愁というか、寂寥というか、そういった哀の感情が浮かび上がってきます。もうちょっと深い意味がありそうな、なぜ黒いのか、なぜ日用品でできているのか、なぜ送電線なのか。

 

こちらのサイトで

「鉄塔の足場は黒く染まった布や糸で、電気によって維持される現代生活の足場が、柔らかく脆弱であることを示唆する」

と解釈した記事がありました。自分もそのような意味でしっくりくる。この作品の隣にある、ごみで再現された都市の作品と組み合わせて解釈しているので納得度高いです。

 

雲は広島と長崎。送電線、黒い土壌、原爆、原発原子力発電所のような建物、東日本大震災。そのワードですべてつながる。

 

でもそのワードの組み合わせで一気にメッセージが自分の中で陳腐化しちゃうんだよな、原子力政策とそれに対する警鐘。はいはいそういうやつねって。表現方法が目新しいといえども、メッセージがありきたりだと急に醒めてしまう。

 

細尾真孝+平川紀道+ 巴山竜来:cloud chamber

※これは作品そのものではなく補足説明としての物理シミュレーションの様子。縦軸時間、横軸空間。直線状の複数ある粒子の位置が粒子同士の衝突により位置を刻一刻と変えていく

物理シミュレーションの結果をそのまま織物にした作品。物理シミュレーションと織物をつなぐ発想が面白い。

 

 

髙橋賢悟:Re:pray

鹿の角にある花はアルミニウム製

生花を型にはめ込んで焼成、花が焼けて空いた空間にアルミニウムを流し込むことでアルミニウム製の花を造形したそうです。角もそうなんですかね。説明見逃しました。

祈る対象の自然そのものを造形したという。ここで示された自然はアルミニウムにより朽ちずに延々と残る。

 

 

自然は形を変えつつも構成要素は死と生を繰り返すものとは思うので、この作品のようにアルミニウムにより延々にその姿をとどめるというのは違和感があります。その生と死の一瞬を切り取った作品なんでしょうか。祈りはその自然の営みに対する祈りなんでしょうか。

 

八木隆裕+石橋 素・柳澤知明+三田真一:Newtons' Lid(ニュートンの茶筒)

 

鉄製の茶筒がくるくる回転する。位置によっては茶筒の蓋が自重により閉じたり開いたりする。少しでも狂いがあるとここまで滑らかに開閉するのは不可能であるから、製造の技術力はかなり高いことを伺える。

 

この作品に添えられたバックストーリーが最高におもしろい。

「100年後の未来。 形は同じだけれども、茶筒のもつ意味が変わっていった。 地球と火星など、他の惑星との間の無重力空間を旅するようになり、地球からの旅人が一番悲しくなるものが地球の重力となった。」

「そして、茶の蓋の下がる様が、その重力を感じるもの、いわば“重力のお土産”となり、人々の手から手へ渡されるものとなった。 人々は蓋が自重で下がるのを見つめ、望郷としての地球を思い出しながら、火星を目指した」

(展示会説明ボードより)

 

めっちゃいい。

 

高い技術力で作られた鉄製の茶筒が一定速度で滑らかに閉じていく様を見せているだけの作品なのに、このストーリーで一気に作品の持つ意味に奥行きがでました。

作家のインタビュー動画に、この作品を面白がりながら楽しんで創作したとあったので、このバックストーリーにも表れているのかなあと。

 

 

あれ、無重力状態で茶筒の蓋ってそもそも落ちるんだろうか....
火星への移動中は茶筒が落ちない気がする...

 

いや、きっと重力場発生装置がある宇宙船での利用を想定しているんだ

 

となると茶筒を通じて思い出す地球の重力は利用者にとってのオーガニック重力。いつかは自然の重力でこの茶筒が落ちるのを見たい。そういう望郷の念を抱いた宇宙旅行者へお土産。たぶん

 

TAKT PROJECT:black blank

スマホなどのテクノロジーにより鈍ってしまった人間に備わる自然を体で感じ想像する能力。かの宮沢賢治は創造において自然に身を置くことで心象スケッチという活動を行ったというが、果たして人工物もそれに足りえるのだろうか。という作品。

 

要は作品をありのまま見て色々想像力をかきたててくださいという作品だととらえました。

 

黑い液は磁性流体。柱の裏にはおそらく磁石があり、それが上下している。ある時は上昇を続け、磁性流体は水面から柱を伝って登っていく。その痕跡が柱に残っている。

 

水面から液体が立ち上がったりするさまがまるでいきもののよう。

なんで登っていくんですかね。そもそも磁力は何を表しているのか。うーん

Osaka Shion Wind Orchestra 第148回定期演奏会 言語化能力が低い感想

初めてシオンのコンサートを聴いてきた。

いつものように言語化能力が低いが思ったまんまのことを書く。

 

shion.jp

チューバとユーフォの音がよく聞こえるからと思い、ザ・シンフォニーホールのステージを横から見る席を取った。

 

これが誤算だった。上手側なんだけど、この席、座った状態だと柵に遮られてチューバとユーフォがまったく見えない...

 

この状態だとチューバとユーフォの音が逆に聞こえづらい。音が柵に反射されるせいで直接自分に向かってこないためか。客席から見えているピッコロ、クラリネット、ホルンの音ばかり聴こえてくる。

これは主観なんだがチューバとユーフォの音を聴いている実感がわかない。演奏者が見えない状況としてはイヤホンで聴いてのと同じなんだが、リアルな演奏会だと違うのか?

そんなモヤモヤを抱えながら聴いていました。次は絶対左側の席を取る。

感想

演奏自体の批評をできるほど楽団ごとの演奏のバリエーションを聴いていないので曲自体の感想

大阪民謡による幻想曲(大栗裕 作曲)

CDでよく収録されている超有名曲。高校のときから認識をしていて、聴いた時に大阪要素どれなんだろ…と思って十数年

予習として今回初めてYoutube天神祭りの映像を見たらまさに曲中のメロディがそのまんま流れていて驚いた。

 

吹奏楽で民謡を表現するって相性がいいのかよく耳にする。「イギリス民謡組曲」(日曜日には17歳とかのあれ)とか「アルメニアンダンス」とか「吹奏楽のための民謡「うちなーのてぃだ」」とか 。

民謡として歌い継がれるだけキャッチーなメロディだから楽曲としても作りやすいんかな。作曲したことないからわからないけど

序章

高音の鋭い第一声の後に太鼓?が強くたたかれ衝撃的に曲が始まる。

その後、低音が波のように押しては引いてを繰り返し、場が徐々にフォルテに向かっていく。この胸が高まっていくような、祭りが近づいていくような感覚はやがてピークに達したあと、静かに去っていく。パンフの曲目紹介によると「幻想的」とのこと。

主部

天神祭り(天神橋:大阪天満宮):チャンチキが鳴り響く祭の様子

②民謡・小唄風:ひょろひょろと歌われる民謡。作曲者のオリジナルらしいが大阪の何かしらの民謡をもとにしたのかな

③獅子舞(難波:生國魂神社):ピッコロによるひょうきんなメロディ

中間部

真夏の大阪。オーボエ(ソプラノサックスに聴こえるけどパンフ記載の編成にないんよな)の蚊取り線香のような細長くゆったり広がるようなメロディ。昼下がりの誰も外を歩いていない住宅街。

 

最後は主部のメロディが入り乱れて徐々に興奮が高まり熱狂的に曲が終わる。終わった後の興奮の残滓が心地よい

 

イーストコートの風景(ナイジェル・ヘス 作曲)

作曲者がアメリ東海岸を旅行した際の印象をもとにした楽曲。3つの地域を題材にしており、それぞれ曲調が異なっていて分かりやすい曲。

 

シェルターアイランド

流れるような豊かなメロディ。鈴が鳴っているからおそらくきっと冬の風景。最後のtuttiで感動的に終わる。

キャッツキル山脈

3つの風景の中で一番好き

山脈の風景を描写するかのようなソロをコルネットトロンボーンが高らかに歌い上げる。朝焼けの風景が思い浮かんだ。

こういうソロを吹くの、めちゃくちゃ緊張しそうだけど吹いてはみたい

『響けユーフォニアム』で誰が吹くかで争いの火種になったソロ

ニューヨーク

大都会の人と車が行きかう様子を思い起こさせる慌ただしいメロディ。

途中のホルンとユーフォのメロディは人が落ち着いてきた昼間を思わせる落ち着いて流れるような曲調。

徐々に曲調が落ち着いて最後は静かになる。夜が来たかと思われたが、サイレンが鳴り響き再度大都会の慌ただしさが再現される。

 

ニューヨークが特に好き。慌ただしさが目に見えるように伝わってくる。

 

サイレンはハンドルをぐるぐる回転させて鳴らす。中身どうなってんだ。
あのサイレン、他の曲でも出番あるんか。

 

交響曲第1番「悪魔の聖書」(ジェイムス・デイヴィッド 作曲)

分らんかった。後半眠くなってしまった。

楽章の題名の通りな曲調なんだけど、中身の理解が追い付かない。

宗教が絡む音楽は宗教自体に明るくないからピンとこないか。

パンフの曲目紹介によると過去の時代の楽曲を引用しているようだ。わかる人には引用が持つ意味から曲の理解に奥行きが出るんだろうけど、俺にはそのような教養がないからピンとこなかった。

 

後半、ステージ2階の左右にスネアドラムが配される。空間的な演出があったが効果があるのか不明。俺の聴いていた位置が微妙な位置だったせいもある。

 

 

その他の感想

・音がピッタリ揃っていて混じりっ気のない音が太い束のように聞こえてきた。さすがはプロか。

・打楽器が勢ぞろい。シロフォンバスドラムなどは当然として、チャンチキ、神楽鈴、ギロ、マラカス、フレクサトーン、カバサ、アンティークシンバル、スラップスティック、キハーダ、サンドペーパー、サイレンまでなんでもあり。指揮者が言ってた通り倉庫にあるありったけの打楽器を持ってきたかのような状態

 

 

 

 

 

サイレン売ってた。防災用に本当に使えるものらしい。

手動サイレン・手回しサイレンでググると貸し楽器のサイトと防災用品のサイトが同時に引っかかるのがちょっとおもしろい

www.bardon.jp

※製造元サイト:TS-1004 ハンドサイレン - 東京サイレン

 

 

他の曲だとこれで使われるらしい

ja.wikipedia.org

言語化能力の低い演奏会感想

micro.rohm.com

偶然通りかかってそのまま夜まで聴いたので感想を書く
★は自身が好きかどうかの指標であって、決して作品そのものの質を評価しているものではない

リレーコンサートB Brassissimo!燦爛たる金管アンサンブルの世界

伝承曲(E.ハワース 編) :アジンコート・ソング

好き度★3
ファンファーレ。パンフに「イギリス軍の勝利を祈念して歌われた作者不詳の民謡」とある通り、晴れ晴れしい雰囲気。開始にはピッタリ

三澤 慶 :いにしへ輪舞

好き度★2
ステージ左側に直管楽器(トロンボーンとか)、右側に円錐楽器(チューバとか)を配して、右側左側の音量を調整することにより響きの立体感を狙った曲とのこと。演奏者の一人がこの作曲者で、これ含め度々ステージに出ては解説をしていた
金管アンサンブルなのに打楽器としてボンゴとウインドチャイムがいて一本だけ吊るしていて特定の音だけ出せるようになっていた。便利
曲の内容は正直よくわからなかった。

ヴィヴァルディ(三澤 慶 編) :2つのトランペットのための協奏曲 ハ長調 RV.537より第1楽章

好き度★?
記憶が無い。ヴィヴァルディだからバロック時代の曲調が見られた。どういう曲調なのかは言語化が難しい。

A.フラッケンポール :ポップ組曲 第3番

好き度★5
聴きやすかった。特に第二楽章の「ワルツ・ソング」が良い。感傷的なワルツとあるとおり、短調でゆっくりと曲が進む。
吹奏楽ではチューバとかユーフォとかホルンとか耳障りの優しい音が好きなんだと再認識。トランペットのアタックはちょっと苦手…近くで聴くからなのか耳が痛い

C.ヘイゼル :3匹の猫

好き度★4
3つの猫を描いた金管10重奏。曲調が全然違って、それぞれ別の性格の猫なんだろうなと思った
三匹目の「バーリッジ」はもろスイングだった。スイングなのか?

H.パーセル(E.ハワース 編) :トランペット・チューン・アンド・エアー

好き度★3
パンフに「CMにしばしばつかわれているお馴染みの曲」とあるけど覚えがない…

三澤 慶 :花宴~朧月夜に似るものぞなき~

好き度★2
源氏物語の朧月夜と光源氏の逢瀬を描いた曲
2本のトランペットがステージ上手と下手のステージ袖にいた状態で曲が始まり、それぞれのトランペットのソロが始まる。これは朧月夜と光源氏の歌の読みあいになってるそう。先の演奏者兼作曲者の方がそう説明していた。

歌を詠み終わると、演奏はステージ上に引き継がれ、袖にいたトランペットがステージに出て合奏に合流する
曲はこれまたよくわからなかった。
光源氏と朧月夜の付き合いが公になってはいけない恋ゆえ、その厳しい処遇を描いているのか、後半の曲調が荒くなっていく
終わりはパタッと終わってしまう。結局どうなったの??となってほっぽり出されたような感じ
高尚過ぎて私にはわかりませんでした

E.モリコーネ(宮西 純 編) :ガブリエルのオーボエ

好き度★5
チューバが手前に一人座り演奏する。チューバは多分原曲のオーボエ役。しらんけど
チューバの人が原曲を金管アンサンブルに編曲したそう。演奏者兼作(編)曲者多くね?

チューバが歌ってる。歌ってるぞチューバ。歌うとはこういうことだ 中高で吹奏楽やっているときにしばしば歌うように演奏してって指導されているのを見聞きしたけど、歌うってなんやねんって思っていた

抑揚をつけてフレーズを意識して吹くことなのは言葉としては理解していても、少なくともチューバに関してはメロディほぼないし歌う機会もないなと思っていた

それがその通り歌っているんですよ。チューバが。目の前で。のびのびと。
「のびのびと」ってのもなんやねんと思ってたけど、のびのびと歌っていた

ホルンとかユーフォとかチューバみたいにふわふわした音の楽器は、俺が好きな豊かな音の歌を歌える。
豊かな音とはホール全体に広がり、全身を包み込むような包容力のある音と俺は考える

俺はチューバの音に抱かれていた
ユーフォの音にも抱かれたい
だからバリチューバのアンサンブルあったら絶対行く

G.ラングフォード:ロンドンの小景

好き度★3
第6楽章:ホースガースパレードはパレードしてる。というか行進曲か
記憶に残らなかったな

結論

バリチューバアンサンブルの演奏会があったら聴きに行こう

オーケストラコンサートⅠ オペラ・ハイライト「セビリャの理髪師」×「フィガロの結婚

  • オペラ観たことないし1500円で観れるなら見ておこうと思った
  • そもそも演劇すらほとんど見たことない
  • オペラ初めてだったので何語で歌うんだろ、、、日本の歌詞だったらいいな、と思ってたら外国語
  • 何をうたっているのかわからん
  • ただ、幕間に出てくるナビゲーターが日本語で展開を説明する。出演者も歌う前に少し日本語で台詞を言うので、あとは演技中の表情と動きでなんとなく把握。
  • でも面白いなと思った
  • オケが舞台のメインじゃない違和感

G.ロッシーニセビリャの理髪師

あらすじ

超ざっくり理解した範囲で、

  • ジーナと恋を成立させたい青年貴族アルマヴィーヴァ伯爵と理髪師フィガロの物語
  • フィガロが伯爵にアドバイス。学生リンドーロに成りすましたり、士官に成りすましてロジーナの館に軍隊向けて接収させようとしたり
  • リンドーロの伯父バルトロがロジーナとの結婚を目論んでリンドーロの邪魔をする
  • リンドーロはロジーナと駆け落ちしようと持ち掛ける
  • バルトロはリンドーロがロジーナを売り渡そうとしていると嘘をつき絶望させ、自身と結婚するよう迫る
  • 絶望したロジーナは青年リンドーロ(=アルマヴィーヴァ)と縁を切ろうとするが、実はリンドーロがアルマヴィーヴァとわかってめでたく2人は結婚する

感想

  • セリフが分からないから雰囲気で把握した。内容は結ばれたい男女とそれを妨害する人、手助けしようとする人のドタバタ劇?
  • ハッピーエンドか
  • オペラ歌手の声量に驚愕。人間の声ってホール全体に響き渡るのか、しかも演技しながらって
  • オペラ歌手に対する尊敬度が上がった

W.Aモーツアルトフィガロの結婚

感想

  • 序章が超有名な曲
  • 逆にこの曲、不倫している男をとっちめる話だとは思いもよらなかった
  • 聴いてるなら曲の背景ぐらい調べろよって突っ込みはある
  • 登場人物が多すぎて理解が追い付かなかった部分がある
  • 上演されたこの演劇がハイライト版だから、ケルビーノの影が薄い
  • 「もう飛ぶまいぞこの蝶々」がフィガロがケルビーノをお前は軍隊送りだからもう好きなようにできないぞと茶化す歌

初オペラの感想

  • オペラ歌手の声量は想像以上に大きい。オペラ歌手に対する尊敬度が上がった
  • オペラは外国語で歌われるので何歌っているのかよく分からなくなる。結果物語もよく分からなくなる。より楽しむには事前の勉強が必要

Le coffre à musique ~音楽の宝石箱~Ⅱ

Le coffre à musique ~音楽の宝石箱~Ⅱ
開催日時:2022.8.25 (木)  19:00

会  場:ザ・シンフォニーホール

指揮:尾高忠明

・デュカス/「ペリ」より“ファンファーレ”
金管12重奏?ザ・ファンファーレという感じ。
吹奏楽聞きたいなあと悶々としてたところに管楽器だけの演奏を聴けたので嬉しい。

 

イベール/ディヴェルティスマン
ちょっと途中飽きて眠くなってた
主旋律が見えない中で音が響いてるのに面白味を見いだせない

 

ビゼー組曲アルルの女」(抜粋)
5曲抜粋。最後の2曲に有名な曲を持ってくるのはいいなと思った


ドビュッシー(ビュッセル編)/小組曲
どの曲が忘れたが、バイオリンのテーレッテーテレテレレー テレレレテレレレ- の掛け合い好き
弦楽器の重厚なは響きは現場じゃないと聴けない

 

ドビュッシー交響詩「海」
主題がよくわからんかったのよな… 
波のようなイメージは確かに感じた


全体
・小編成のほうが楽器一つ一つの音が手にとるように分かって楽しいかも
・トランペットのピアノから入ってるピアノで終わる歌い方がすき。
・バイオリンのピアノでさわさわ響いてるのも好き
ファゴットはだいたい好き
交響詩「海」にコントラファゴットいたけど数十秒吹いておしまいだった。贅沢…なのか?